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東京地方裁判所 昭和36年(レ)134号 判決 1961年7月07日

控訴人 仙波貞一良

被控訴人 サンライズ産業株式会社

主文

本件控訴は、棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

(当事者の申立)

控訴人は、当審口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた控訴状には、「原判決は、取り消す。控訴人と被控訴人との間で新宿簡易裁判所昭和三二年(ハ)第二八五号家屋明渡請求事件につき昭和三十三年二月二十日成立した和解が無効であることを確認する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求める旨の記載がある。

被控訴人訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

(当事者の主張)

控訴人は、当審口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた控訴状には、「昭和三十三年二月二十日、控訴人と被控訴人との間に、新宿簡易裁判所昭和三二年(ハ)第二八五号家屋明渡請求事件について、別紙記載の和解条項のもとに裁判上の和解が成立した。控訴人が右裁判上の和解をしたのは、被控訴人が、控訴人に対し、和解条項に定める明渡猶予期限経過後は、当該家屋を控訴人に相当賃料で賃貸するから、ひとまず右和解条件を受諾して欲しい旨申出があつたので、控訴人は、被控訴人が貸家業者であり当該家屋も賃貸用の家屋であつたところから、被控訴人の言葉を信じ明渡猶予期限経過後は必ず賃借できるものと考えて、被控訴人の右申出を承諾したからである。しかるに、被控訴人は、右明渡猶予期限経過後直ちに右和解調書に基く明渡の執行に着手し、控訴人に対し当該家屋を賃貸しようとしない。控訴人は、明渡猶予期限経過後、新たに相当賃料をもつて当該家屋を賃借できないものであれば、前記和解をしなかつた筈である。したがつて、前記裁判上の和解は、要素に錯誤があり、無効である。仮に、動機の錯誤に過ぎないとしても、表示された動機に関するものであるから、右和解は無効である。なお、請求異議訴訟は、債務名義の執行力の排除を直接の目的とするものであるのに対し、和解無効確認訴訟は、裁判上の和解が無効であることの宣言を求めるのみで、これに基く債務名義の執行力の排除を直接の目的とするものでないから、両訴訟は、それぞれ性質を異にする別個の訴訟であつて二重訴訟とはならない。又、民事訴訟法第五百四十五条第三項は、既に請求異議の訴を提起している場合に、他の理由に基いて請求異議の別訴を提起することを禁じているのみで、性質を異にする和解無効確認の訴を提起することをも禁じているものではない。したがつて、控訴人が新宿簡易裁判所昭和三五年(ハ)第二九三号請求に関する異議の訴を提起し本件和解調書の執行力の排除を求めている事実を捉え、本件和解無効の主張は該訴訟において異議の原因の一として主張すべきものであつて、別訴をもつて本件和解の無効確認を求めることは、民事訴訟法第五百四十五条第三項の法意に反し不適法であるとして、本件訴を却下した原判決は、法律の解釈を誤つたものであるから、失当として取り消されるべきである。」旨記載されている。

被控訴人訴訟代理人は、「控訴人主張の請求原因事実中控訴人主張のとおり裁判上の和解が成立したことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、新宿簡易裁判所昭和三五年(ハ)第二九三号請求異議事件について、昭和三十六年二月十四日、請求棄却の判決が言渡され、右判決は控訴がなされず確定した。」と述べた。

(証拠関係)

被控訴人訴訟代理人は、乙第一号証を提出した。

理由

(争いのない事実)

一  昭和三十三年二月二十日、控訴人と被控訴人との間に、控訴人主張のとおりの裁判上の和解が成立したことは、当事者間に争いがない。

(民事訴訟法第五百四十五条第三項の法意)

二 控訴人の本訴請求は、右和解の無効確認を求めるいわゆる和解無効確認の訴であることは、その申立自体から明らかである。控訴人は、原判決は、民事訴訟法第五百四十五条第三項の解釈を誤つて、本件訴を却下したものであるから、失当として取り消されるべきものである旨主張するので、この点について判断する。

民事訴訟法第五百四十五条第三項は、請求異議の訴においては、その異議の原因を同一訴訟中において提出すべきものであつて、別個の請求異議の訴によつて別個の異議の原因を主張することを許されないことを規定したものに過ぎないことは、その法文自体から明らかなところである。すなわち、右の規定は既に請求異議の訴を提起している場合には、他の理由に基いて請求異議の別訴を提起することを禁じた規定であつて、和解無効確認の訴の提起を禁じているものでないことは、控訴人の主張のとおりである。したがつて、控訴人が既に本件和解に対し請求異議の訴を提起していることを理由に、本件和解無効確認の訴を民事訴訟法第五百四十五条第三項の法意に反し不適法であるとして却下した原判決は、法律の解釈を誤つたもので、この点において失当たるをまぬがれない。

(和解無効確認の訴の性質)

三 和解無効確認の訴は、裁判上の和解によつて生じた法律関係の無効確認を求める訴として認められているものである。しかして、裁判上の和解によつて生ずる法律関係には、訴訟法上の法律関係すなわち訴訟終了の効果及び執行力と実体法上の法律関係とがあるが、和解無効確認の訴の確認の対象となるのは、実体法上の法律関係のみである。

なぜならば、訴訟終了の効果は、和解によつて終了した当該訴訟手続内において生ずる効果であるから、その効果の有無は当該訴訟手続中において確定されるべきものであり(当該訴訟当事者は、何時でも和解が無効であることを理由として期日指定の申立をすることができ、この申立を受けた裁判所は、期日を指定して和解が無効であるか否かにつき弁論を命じ、その結果和解が無効であると認められないときは、中間判決をもつて和解により訴訟が終了している旨を宜言し、又、和解が無効であると認められるときは、更に本案につき弁論を命ずべきものとされている。)、これを別訴において確認する意義はない。又執行力は、執行法上の訴訟手続として特に認められた請求異議の訴によつてのみ排除されうるのであつて、これを除き債務名義の執行力を排除しうる訴は許されていない。

なお、裁判上の和解によつて生ずる訴訟法上の法律関係として以上の外に既判力を加える説があるが、これには左祖しえない。再審をまつまでもなく、実体法上又は訴訟法上の瑕疵によつて裁判上の和解が無効であることを、前示期日指定の申立において、或は請求異議訴訟において、或は和解無効確認の訴等の別個の訴訟において、随時主張できるのは、裁判上の和解が既判力を有しないからにほかならない。

したがつて、和解無効確認の訴は、裁判上の和解により新たに生じた実体法上の法律関係の無効の確認を求める通常の確認の訴であるといわざるをえない。

(確認の利益の存否)

四 和解無効確認の訴が通常の確認の訴である以上、訴訟要件としていわゆる確認の利益(即時確定の利益)の存在を必要とし、これを欠くときは不適法な訴として却下をまぬがれないものである。

これを本件についてみるに、控訴人が、本件和解無効確認の訴とは別個に、新宿簡易裁判所昭和三五年(ハ)第二九三号をもつて、本件裁判上の和解が無効であることを原因として請求異議の訴を提起したことは、控訴人の自認するところであり、弁論の全趣旨に徴すれば、右請求異議訴訟事件につき、昭和三十六年二月十四日、請求棄却の判決が言渡され、右判決は控訴の提起を受けず控訴期間の経過とともに確定したことが認められ、これに反する証拠はない。よつて、右請求異議の訴訟において請求棄却の判決が確定したことにより、その口頭弁論終結前の原因に基いては(したがつて、本件和解が無効であることを原因としては)、本件和解調書の執行力を排除しえないことが確定されたものというべく、被控訴人が本件和解調書に基きそれに表示された控訴人に対する家屋明渡請求権及び損害金支払請求権を強制執行により実現することを、もはや阻止しえないものである。

はたしてしからば、本件和解無効確認の訴という方法により、控訴人が本件和解によつて生じた実体法上の法律関係の無効、すなわち本件和解調書に表示された前示家屋明渡請求権及び損害金支払請求権の不存在の確定を求めることは(本件訴が右各請求権の不存在の確定を求めるものであることは、その申立自体から明らかである。)、もはや控訴人及び被控訴人間の権利関係に関する現在の紛争の解決方法として迂遠のものというべきこと、明らかである。したがつて、本件和解無効確認の訴は確認の利益が存しないものとして、却下するのが相当である。

(むすび)

五 以上説示のとおりであるから、原判決はその理由を異にするとはいえ結局正当というべく、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条に則り棄却することとし、訴訟費用について同法第九十五条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 北村良一 後藤静思 金澤英一)

和解条項

一、原告と被告牧内文子との間の新宿区新宿三丁目二一番地所在木造亜鉛葺二階建店舗一棟、建坪五二坪七合四勺、二階五一坪二合三勺のうち大通より向つて左から四戸目の約三坪五合の店舗の家屋に対する賃貸借契約及び被告仙波貞一良との間の転貸借契約を本日合意解除する。

二、被告牧内文子は本日解除と同時に原告に対し前項家屋を明渡すものとする。

三、原告は被告仙波貞一良に対し第一項の家屋明渡を昭和三五年八月末日迄猶予し同日経過と同時に造作を撤去して無条件に明渡すこと。

四、被告仙波貞一良は原告に対し昭和三三年三月一日より前項明渡済に至るまでーケ月金壱万円の割合に依る家賃相当の損害金を毎月末日原告代理人後藤勝方に持参支払うこと。

五、原告は被告牧内文子に対し第二項明渡の示談金として金拾参万円を昭和三三年二月末日金拾万円、同年三月十日金参万円を支払うこと。

六、被告仙波貞一良が第四項の損害金を三回分以上支払を怠りたる時は第三項の猶予期間の利益を失ひ該家屋を直ちに明渡し且つ残額の延滞金を一時に支払うこと。

七、被告仙波は原告に対し三光商事株式会社なるものの存在せざることを保証する。

八、訴訟及び和解費用は各自弁とする。

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